Category: 電気マグロ


野外に放置した灯体は錆びる

こんにちは。照明の電気マグロです。『インディゴチルドレン』終演後初の投稿です。ご来場頂いた方、配信をご覧いただいた方、これからデータ版でご覧になる方、ありがとうございます。

ところで、野外公演って照明の雨対策大丈夫なの?と毎回聞かれます。劇団内部からも聞かれます。

結論としては、今年初めて錆びました。

塗装が剥げて錆びてしまったベビースポット(明光社製)

これまで主に使ってきた灯体のうち、以下はそもそも防滴以上の性能があるか、防滴ではなくても雨の影響をあまり受けませんでした。

  • 防滴パーライト(松村 WPL-5)
  • ソースフォーPAR
  • 防水LED PAR
  • 屋外用ハロゲン投光器

それでも昨年までは休演日にブルーシートやゴミ袋などで防水カバーを作ってかけていたのですが、こうした経験から、今年は正直いいかな、と思って、ほぼ2週間ほど野ざらしにしていました。

そうしたら錆びてしまいました。(悲)

要因は色々あって、錆びた灯体は元々防滴ではない上に、塗装が剥げ気味だったこと、梅雨明けが遅く雨の日が多かったこと、さらに仕込み週が例年より1週間早く、灯体が晒される期間も長かったこと。また、錆びた灯体は少し特殊な位置を照らすため、若干上を向いていて、水が溜まりやすかったこともあると思います。

とは言え、本当に錆びるとは思わず、気づいた時はなかなかショックでした。しかも同機種を3台吊っているのに、錆びたのは1台だけです。

しかし、何事も経験しないと「閾値」が分からないことってあります。「灯体を粗末にしやがって」と言われるかもしれませんが、どこまでやったら「粗末」になってしまうのか見極めることもまた、灯体研究の一環だと思います。(そういうことにしておいてください)

この写真でちょうど脚立のそばにある子が錆びた子です

こんにちは。照明の電気マグロです。

『インディゴチルドレン』、おかげ様で満席の回も出てきています。昨年に比べて座席数半分、かつ増席や立ち見席も無しという状況ではありますが、それでも見に来て頂けるのは大変ありがたいことです。

演出のヒガシも時々言及していますが、東京オリンピックのために用意された4連休、会場は近くにゲストハウスの多い地域でもあり、企画段階では「当日券対応」「酔客対策」とかを考えていました。まさかこんなことになるとは。

照明は仕込み増員にも恵まれ、程よく新たな挑戦を取り入れた明かりを作れています。ハード面では3階からの投光(大劇場みたいでカッコいい)、ソフト面では野外劇としては比較的繊細な演出に対応する明かり。特に演出のところは、お祭り的な粗さを排した小劇場的な演出を取り入れていて、役者さんへの負荷が大きそうだなと傍目に思いますね。

ツイッターでも書きましたが、昨日は途中で雨対策の屋根(銀シート)の端部がピロピロしてしまって、まさにそれが重要なシーンで使うスポットライトの延長線上にあるという照明的ハプニングもありました。
このままでは当該の照明が成立しないと思ったので、急遽懐中電灯でフォロースポットを入れました。こういうのも野外劇の醍醐味ですよね。

雨対策の銀シート

私は音響オペの横田さんと一緒に、2階のベランダから見下ろす形で照明を制御しています(これも大劇場の調光室みたいでちょっとリッチな気分です)。

ベランダに向かってオペする人たち

まだ来週も公演はありますし、「観たいけどこのご時世ちょっと」という方向けに、クラウドファンディング映像化プロジェクトも進行中です。注目して頂ければ幸いです。

※ちなみにタイトルの通り、どこかに180秒かけてフェードチェンジする照明があります。暇な方は見つけてみてください。

●公演詳細・ご予約 https://gekidanu.com/tomurai20

●映像化プロジェクト https://fanbeats.jp/projects/55

普通の舞台照明をしよう

こんばんは。電気マグロです。

 

東京のサラリーマンなので、御多分に洩れず在宅勤務体制に入っております。

こんな状況でも宅配便ちゃんと届くのすごいな。

 

そして、ヒガシも書いていましたが、いろいろな意味で「貧しい」、どっちかといえば精神とか考え方の深さ的な意味で貧しい国(政治)の下で暮らしているなと思う日々です。

 

あー、そんな話がしたいんじゃなかった。

 

 

改めまして。

アトリエ5-25-6 Produce Vol.2 犬小屋計画『一人夜明けにパンを焼く』ご来場いただきありがとうございました。

 

照明的には、今回は非常に「普通の照明」をやったんじゃないかと思います。

この「普通」が、家公演という環境を考えるとそんなに普通じゃないと思うので、その辺を話します。

 

 

演出からの要望

今回の演出家「サンいぬ」さんは、同人漫画家であり、観劇頻度は高いが演出をつけるのは初めてということで、主演でもあったヒガシを中心にgekidanUメンバーにて演出補佐的な役割も担っていました。
よって照明の演出要望についても、最初はヒガシ伝手で聞いたのですが(後にサンいぬさん本人も交えて確認しました)、

  • 朝日
  • 現実と回想との切り替えを行いたい
  • ラストの「仄青い明かり」(これはト書きに書いてあるので脚本=遠藤の指定)

くらいしか特別なことが無くて、逆に不安になりました。

というか、演劇的にはごく普通の要求なのですが、家公演というのはそもそも環境が特殊なので、たとえば「現実と回想の切り替え」のようなことは難しいのです。

 

反対に「海」のようなコテコテの飾り明かりの方は、ほとんど機材自体の効果でゴリ押ししてしまうので、家の構造に光を当てると程よく日常と非日常の引っ張り合いが取れて、簡単だったりします。

画像

 

昨年の『金星』のタイムマシンのシーンなどは典型的にそのパターンですね。効果範囲も、狭いベランダの中だけに留まっていますし。

 

そういうわけで、「こんなのでいいのかな…?」と思いながら直前まで過ごすという、何ともモヤモヤした幕開けになりました。

 

※また今回の公演期間中、仕事の方が非常に多忙を極めていたこともあり、ついに仕込み図すら描かずに仕込みを始めてしまったのも、不安要素の一つでした。

 

 

「手札」という言葉

そんなこんなで、苦し紛れにひねり出した20ch程度の照明で絵作りを開始することになりました。
間に合ってなかったのと、シーン数が少なかったこともあり、場当たりを長めに取ってもらって、場当たりしながら絵作りをさせてもらいました。

最初に一通り、仕込んだ照明を1chずつ見てもらったのですが、その時にサンいぬさんが、「この手札で照明を作るんですね」と仰ったことをよく覚えています。

照明の絵作りを見たことある方ならわかると思いますが、チャンネル単独の照明は、ほとんど何だか良く分からない、寂しいスポット的な光でしかなく、組み合わせて初めて“照明”が立ち上がってきます。

こういう断片を見て、「手札だ」とわかる演出家さんは、そんなにいないと思い、印象に残っています。

 

 

 

回想のシーン

ここからは具体的な照明シーンの話ですが、まず「回想」のシーン。主人公であるニシくんが、現実と回想を行ったり来たりするため、これを照明で表現することが必須でした。

 

ところで個人的に、回想は「赤い回想」と「白い回想」があると思っています。

専門的にいえば、①通常明かりに対して色温度を低くすることで回想を表現する方法と、②逆に色温度を高くすることで非現実感を出し、回想の表現とする方法です。

 

前者は#35、#45、#A-5、辺りで、懐かしい回想という感じ。後者は#79、#BL-1、#B-5、辺りを使い、幻想的な回想という感じですかね。

 

どちらの回想を使うかは、その時々の演出的な判断によるわけですが、今回は珍しくハード的な制約で「白い回想」をチョイスしました。

 

家に元々ある基本明かりが白熱電球のダウンライトとシャンデリアで、ベースの色温度が低めなので、これと対照的にするために、必然的に白っぽくすることにしました。

 

シャンデリアを使わずに「もう一つの地明かり」が作れるかどうか不安でしたが、昨秋に常設したダクトレールの一番端にミニフレネルを吊って#00を入れたところ、ちょうどよくフラッドな地明かりになったので良しとしました。

 

 

 

ベランダの照明

何かと毎回エモめの絵が生まれがちのベランダ部分ですが、これも今回、舞台照明的にはとても「普通」のことをやっています。

画像

#A-3を入れたFQと、LEE#201 (#B-5相当) を入れたFQを1発ずつ。それと椅子に当てる凸が1発。

A-3とB-5は若干光の方向性が違うのですが、学生劇団がよくやるA-B混色の変種ですね。そこに凸を1発入れることで「広い」〜「狭い」の軸も生まれて、いかにも演劇照明って感じです。

 

 

 

まとめ

まとまりのない文章ですが、総合して今回の公演は、家公演という特殊な環境でありながら極めて「普通の」演劇照明を実施したという感触が強く残っています。

 

これはある意味、設備改修も含めてこの家劇場という場所の使い方に習熟してきた証かなと思います。

 

逆に言えば、これからが本当の意味で舞台照明的な価値を問われる時期と言えるわけで、次回はさすがに、仕事が忙しくても図面も描かずに仕込みになだれ込むのは厳しいかな、と思っています(笑)

 

 

実は他にも、朝日・夜明けの表現の仕方とか、Philips Hueを使ってみた感想とか、色々書きたいことはあるのですが、それは追々個人ブログにでも書くことにします。

 

皆さんも時節柄、お体ご自愛ください。

こんばんは。

年末なのですが仕事がおさまった感じが全然しません。電気マグロです。

 

今年のgekidanUについて振り返るにあたり、電気マグロ的に最も分かりやすい例として、家劇場の照明設備改修状況を追っていきたいと思います。 
 
 
 

【~4月初頭:改修初期】 
atlier5256_shibakuma1

この場所に「アトリエ5-25-6」と名付ける前か、名付けたばかりの頃です。 
 
2018年の弔EXPOで屋内公演として上演した『火曜日の夜、水曜日の朝、サテライト』から、「芝熊」さんの『うかうかと終焉』という公演に使っていただいた頃まで。 
上の写真は芝熊さんの公演で、壁の落書きは舞台美術の一部です(古い学生寮という設定のため)。 
 
この時期の照明設備的にはほぼ元の家のままで、屋内については既設のダウンライトをそのまま使用。 
 
さすがにダウンライトのみでは顔が暗いので、下の写真のような首振りの延長ソケット+ビーム電球を使って、辛うじて前明かりを作るような状況でした。 
E26_kubifuri

調光についても、LED灯体などはもちろんDMX調光卓で操作ですが、ダウンライトは家に元々ある設備のため、元々付いている壁の調光スイッチでの操作を想定していました。 
atlier5256_lucon1

結局、これではあまりに操作しづらいということで、急きょ仮組みの電気工事をして、DMX調光ユニット(DP-415)で調光できるようにすることとなりまして、「ダウンライトを舞台照明用の外部調光器で簡単に操作できないのか?」という点は、以後の課題となりました。 
 
 
 

【4月下旬:『金星』】 
次に、gekidanU 家公演企画vol.3『金星』 に向けて多少照明設備の増強を図りました。 
 
まず、スイッチが変な位置にあって使いづらかった壁際の小型ダウンライト2発を、スポットベースに改造。 
PAR16の灯体を常設としました。 
atlier5256_spotbase1 
 
 
次に、ダウンライトのうち1発を、首振りのできる「ユニバーサルダウンライト」に入れ替え。フロアの中心の1発のみ交換しました。 
 
今までこのダウンライトの下がちょうど客席と演技エリアの境目に来てしまい、客席が半分明るくなってしまっていたのですが、首振りができることで演技エリアの方向に少し寄せた明かりを作ることができ、舞台照明としての精度が向上したと言えます。 
atlier5256_universal 
 
 
そして、問題となったダウンライトの調光。 
 
今後演劇公演の際は舞台照明用の調光ユニットで行うことが明らかなため、「元々の壁スイッチで操作する」のか、「外部調光卓/調光ユニットで操作する」のかを簡単に切替えできるような改修を施しました。 
 
下の写真に3極プラグの見慣れないコンセントがありますが、これで壁スイッチ⇔外部調光器の強電的な切替えを行えるようにしたのです。 
atlier5256_DLjack 
 
 
下のgifアニメでは、家のシャンデリアをPC卓で調光できていることが分かると思います。 
 
 
しかし、色々改修を行った一方、前明かりを作るための照明バトンは未完成。 
 
公演2週間前になって、カーテンレールのあった場所に仮設でバトンを設置しましたが、その程度が限界でした。 
 
バトンもあり合わせのもので、長さも足りず不自由なバトンでした。 
この公演の手記で前明かりの作り方に言及していますが、設備的には不完全だったのです。

 
 
 
【10月:プロデュース公演】 
gekidanU初のプロデュース公演となった、くちびるに硫酸#3 『あの星にとどかない』。 
 
この公演では、脚本・演出の性質上、「家だけど、ちゃんと舞台照明」を成立させることが必要でした。 
 
よって、ここまでに挙げた設備改修の成果をフルに活かすこととなりました。 
 
さらに、客席の向きの関係上、『金星』の時に仮設したバトンとは異なる場所に前明かりを設置する必要がありました。 
 
ならばいっそ、というわけで、2ヶ所あったカーテンレールボックスに、ライティングレール(ダクトレール)を常設することとしました。

atlier5256_ductrail 
2ヶ所のうち1か所は、上の写真の位置で新規設置。こちらが今公演のシーリングバトンになりました。 
 
もう1か所は、『金星』の時に仮設したバトンを撤去して敷設。今公演ではフロントサイド的な位置のバトンとして機能しました。 
 
これで一応、照明設備的には幅広い需要を満たせるようになったと思います。 
 
先週の忘年会では、30分程度の仕込み時間でパーティーらしい照明を作ることができ、この設備の汎用性がある程度出てきたかな、と思います。 
atlier5256_party 
(撮影:ヒガシナオキ) 
 
 

 
【まだまだ続く設備改修】 
ここまでで「色々やってるなあ」と思われたかもしれませんが、実はまだやることは残っています。 
 
目に見える分かりやすい改修だけではなく、使いやすさのためのコンセント増設、エアコンとの電気系統分離、ダウンライト1発1発の個別調光、などなど細かいものを含めればまだまだやりたいことは多く残っています。 
 
それから、今は2階のリビングが「家劇場」のメインですが、今後は1階や3階も公演場所として使うかもしれません。 
 
そうなれば、階間をまたぐ制御信号の伝送、ライブカメラの整備など、また違った方向性のニーズが発生することもあるでしょう。 
 
来年も謎の進化を遂げる家劇場にご期待(?)ください。

街の明かりと前明かり

こんにちは。照明の電気マグロです。

野外劇イベント『弔EXPO’19』が終演しました。ご来場いただいた延べ549名の皆様、暑い中ありがとうございました。

私個人としては、昨年に引き続き2回目の弔EXPO、かつ劇団員としては初めての「弔」でありました。(昨年はまだ、gekidanUメンバーになっていなかったのです)

照明技術的には、おっかなびっくりだった昨年に比べて多少ステップアップした実感があります。

↓螺旋階段をLEDテープで光らせたりとか…、
螺旋階段が光っている画像

建物外壁のライトアップ的な要素にも多少気を配ったりとか。

実は、昨年の『弔EXPO’18』や、今年の春に行った屋内公演『金星』を通じて、家の色々な場所の電気配線を演劇公演で使いやすいように改造しておりまして、その積み重ねがあらわれてきたかな、という感じです。


さて、本題です。
記事タイトルにした『街の明かりと前明かり』。なんだか “エモい” 、感覚的なタイトルになっていますね……。

昨年の振り返りは、私の個人ブログ「照明機材の盛り合わせ」の方に書いたのですが、この記事を今見返すと、かなりハード的な考察に偏っているというか、「初めて野外劇照明をやった人の気付き」をまとめた文章になっています。

それに比べると、今年はもう少しこなれてきて、 “照明哲学” とでも言いましょうか、より感覚面での考察ができるようになってきたかなと思い、こんなテーマにしてみました。

まず、「前明かり」というのは舞台照明の専門用語で、客席側から演者に向かって投光される明かりを指します。
演者の顔を明るくすることが目的で、演劇には必須の明かりです。

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▲市民会館にありがちな「フロントサイド」という前明かりの一種。

一方でこの前明かりは、かなり「平坦な」明かりであると言えます。

前明かり単独で点灯した場合、人やモノの立体性を表現することができず、のっぺりした/平板なイメージになってしまいます。
cl_and_SS

また、そもそも前明かりは日常生活では使わない方向の明かりです。
(リビングやキッチンに、自分の顔を強く照らし出すスポットライトは設置されていません。)

よって、前明かりはそれ自体、かなり「非日常性」の強い明かりと言えます。

演劇照明の重要な役割の一つが「日常⇔非日常のコントロール」ですが、
仮に前明かりしかなかったとしたら、常に “非日常全振り” 状態になってしまい、コントロールができません。明かり作り (絵作り) の時にネタ切れになってしまい困ることでしょう。

この時点で、前明かりのみで演劇に求められる様々な照明効果を挙げることは非常に難しいと言ってよいでしょう。
やはりどうしても、演出照明には斜め/横/上からの明かりが必要になってくるのです。

ところが、今回の照明仕込み図を見てみるとどうでしょう。
(クリックで大きくなります)
tsuri_190813_blog

一般の方にも分かりやすいように灯体の記号だけにしてみました。

ほとんどが、客席から舞台方向を照らす明かりであることが分かると思います。
つまり前明かりです。

おい!さっきあんなに「前明かりだけでは成立しない」って言ってたのにどういうことだ!って話ですよね。

…これ、自分でも不思議でした。

単純にリソース(機材や仕込み労力)の問題もあって前明かり偏重になった面もあるのですが、
昨年から「なぜか絵作りの時にネタ切れになることが無い」のです。

そこで今年、なぜだろうと色々思考を巡らせてみた結果、2つの結論に行き当たりました。

  1. 東京の夜が明るいから
  2. 家と街並みが立体だから

それぞれ、ここまでに述べたこととどう関連するのか、以下に説明していきます。

まず 「1. 東京の夜が明るいから」。これは、前明かりはそれ自体非日常成分が強い、ということと関連します。
それがゆえに、「やはりどうしても、演出照明には斜め/横/上からの明かりが必要になってくるのです」と書きました。

ところが、この南千住野外劇場には、すでに「日常性」の担保となる上や斜めからの明かりが最初から存在しています。

そう、「東京の夜が明るいから」です。

午後8時頃の、舞台照明をすべて消灯した状態(いわゆる暗転状態)の写真を見てみましょう。
IMG_3028

いやめっちゃ明るいやん。

この状態でも客席撤収など簡単な作業は可能な明るさです。

写っていませんが、画像左からはアパートの廊下の明かりが、右手前には街灯が立っています。
それ以外にも、周辺の家々の明かりが合わさって、「何もしなくても “地明かり” は成立している」と言っても過言ではありません。

地明かりがある程度成立しているので、あとは役者の顔を取る前明かりをふんわり足してあげれば、演劇的には「日常」の明かりを作り出せます。

…実際にはそんなに理想的にはいかず、劇場の明かりに比べると当然「前明かり偏重感」は否めませんが、そもそも駐車場で演劇が開演するという事態が非日常であるため、そのあたりとのバランスの結果、不自然ではない程度に落ち着いたと思います。
gekidanu_finalstage

まとめると、「街の明かりに助けられて、前明かり偏重の仕込みでも大きな問題なく照明を作れた」と言えるでしょう。

ちなみに、この状態で “わざわざ” トップ (上から) の地明かりを追加すると、そこだけ別空間のような扱いにできます。
舞台下手のバーカウンターにトップ明かりを当てることで、「BAR/スナックのシーン」 (=劇中では屋内になるはず) を他のシーンと差別化することができました。

下の画像では、バーカウンター部分のトップ明かりとその効果がよく確認できると思います。
gekidanu_bar_counter

次に、「2. 家と街並みが立体だから」。
これは、「前明かり単独だと平板なイメージを与える」と書いたことと関係しています。

もう勘のいい方ならお分かりだと思いますが、「街並みが十分な立体性を持っているので、それに助けられて前明かりだけでも何とかなった」ということです。

特に、今回家の中の照明もコントロールできるようにしていたのですが、家の中の明かりを点けるとそれだけで奥行きと立体感がグッと上がるんですよね。これは「ずるい」。
gekidanu_blue

あと、前明かり単独の平板な明かりは、個人的に「虚無」とか「何もない」印象を与えると考えています。

そこで、今回のキャンディプロジェクトさんの演目では、バーカウンターのトップ明かりを点灯している時は「BAR」のシーン、
点灯していない (前明かりのみ) 状態は「BARで楽しい時間を過ごした翌朝」のシーン、というように使い分けて、その虚無感を利用していました。

このように、2年連続で前明かりに偏った照明仕込みではありましたが、南千住の街とのバランスも含めて、何とか演劇の明かりとして成立させた2週間でした。

ちなみに、上の写真には転がし (地面置き) の赤い投光器が写っていますが、これも前明かり偏重な仕込みにおいては重要な役割を果たしています。
この話は、また別の機会に。

家公演の舞台照明

こんにちは。照明の電気マグロと申します。
 
gekidanU 家公演企画Vol.3『金星』が終わりました。ご来場頂いた方、誠にありがとうございました。
 
 
あ、劇団ブログへの投稿は初めてなので、簡単に自己紹介をします。
 

電気マグロです。メンバープロフィールに書いているとおり、非劇場空間でのライティングを得意としています。

ブログ「照明機材の盛り合わせ」の筆者です。
 
大学時代に京都で演劇サークルの照明をやっていたら色々な団体に照明で呼んでもらえるようになり、就職してからも照明はライフワークにするぞと思っていました。そうしたら舞台美術のよりぐちの紹介で昨年の「弔EXPO’18」の照明をさせて頂くこととなり、そのまま流れで団員になってしまった次第です。
 
ずっと本名で活動していて、別に会社バレとかは問題ないので芸名(?)でやる必要もないのですが、上記のブログやtwitterをそれなりに読んでもらっているので、ネット上での宣伝をしやすくしたいなと思い、東京に来てからはこの名義で活動しています。
 
 
 
 
さて、本題です。記事タイトルのことです。
 
 
けっこう今回、照明に関して「こんなの家じゃないな(笑)」と冗談めかして言われることがありました。
果たしてそれは、100%「良い」と言えるものなのか?という自問自答です。
 
 
 
確かに今回、家公演にしては照明を本格的に作りました。特に、

・作中でキーとなる「タイムマシン」が起動され、飛び立つまでの一連の照明効果

・終盤に作中の「金星」の象徴である雨が降ってくるシーン以後の照明効果

の2点に関しては、明らかに「演出照明らしいこと」をやっているので、見ていた方にもすぐわかったと思います。

 

 
 

この部分については想定通りで、当初より演出のヒガシからも「こういうシーンの“けれん味”を出すために照明を使ってくれ」というオーダーがあったので、仕込み図面の段階から「ベランダ」部分の灯体密度がかなり濃くなっています。

kinsei_tsuri_blog
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よって、ここがド派手な「いかにも舞台演出照明!」になるのは全く問題ありません。
 
 
問題は、家の内側の部分。物語のほとんどの時間が過ごされる、リビングの照明です。
 
実は今回、35ページある台本のうち、3ページ~24ページまでは照明変化がありません。「家のリビングの明かり」が約1時間に渡って継続されます。
 
 
個人的な信条として、演劇照明の主な役割のひとつが「日常性⇔非日常性のコントロール」だと思っているので、このシーンについては「日常に全振り」で作るべき、のはずです。
 
しかし実際には、このシーンの照明についても「舞台っぽいね」という評を、直接ではないにせよ、ちらほら頂いたような気がします。
 
これが想定外でした。プランナーとしては「日常全振り」で作ったつもりなのですが、少し「非日常」の下駄が履かされていたようです。
 
 
 
…理由は多分、これ。

シーリング

上のシミュレーション画像で光っている方向からの明かりです。劇場で言う「前明かり」に相当する明かり。
 
 
この明かりが無いと真上からの明かりだけになってしまい、役者の表情がよく見えないという致命的な欠点があります。
 
 
よって、演劇の照明では必ず使われる明かりです。当然今回も、日常のシーン全般にわたって、前明かりを70%程度の明るさで点灯していました。
 
 
ところがどうも、これが「非日常」の成分を持っていて、本来「家なのに舞台照明してるね~」と言われる想定をしていなかった、日常のシーンまでが「舞台照明してる」になってしまった可能性が否めません。
 
…まあ、一般家庭の生活用の明かりとしては存在しない方向の明かりですから、当然と言えば当然です。
 
しかし、(舞台照明を見慣れた)自分が思っているよりも、この明かりの非日常成分は強かったのかもしれません。
 
 
…そういうわけで、好評を頂いた「あちら側」(ベランダ側) の照明とは全然違うところで、勝手に思うところのあった公演でした。(笑)
 
 
 
 
アフタートークでお呼びした「裃-這々」さんは、家公演と言っても全く照明などを使用しない、素の家を使うそうです。
 
多少の照明効果を差し置いても、そっちの方がいい場合もあるのかもしれないな……